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神戸地方裁判所 昭和63年(ワ)625号 判決 1990年7月18日

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一  申立

(原告ら)

一  被告は、原告らに対して、各金二三〇二万一五一八円及びこれに対する昭和六二年九月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。との判決並びに仮執行の宣言

(被告)

主文同旨の判決

第二  主張

(原告ら)

〔請求原因〕

一 当事者の地位

原告らの長男山本邦夫(以下「邦夫」という。昭和四八年一〇月二日生まれ、死亡当時一三才、原告山本健一は同人の父、同山本レミ子は母である。)は、神戸市立東落合中学校(以下「本件中学校」という。)二年四組に在籍していた。

二 事故の発生

1 邦夫は、昭和六二年九月一一日、二年三組、四組合同の一時限(八時五〇分から九時四〇分まで)正規体育授業として、学校の二五メートル、六コース屋外プールで水泳中に溺れ、病院に運ばれたが、同日午後〇時四五分に死亡した。

2 この水泳授業では、水島宏教諭が男子を、黒田映子教諭が女子を指導、監督して二五メートルのタイム測定がなされたが、水島教諭は、五、六コースを使用して男子生徒の参加者全員の測定を終えた後、六コースを使用して希望する者の再度のタイム測定をすることにした。

邦夫は、再度のタイム測定を希望し、六コースの北側から飛び込んで泳ぎ出した後、同日午前九時二〇分頃、プール南側で水没しているのを水島教諭に発見され、同教諭が飛び込んでプールサイドに引き上げ、救急車により国立神戸病院に運ばれ、手当を受けたが、同日午後〇時四五分死亡した。

三 被告の責任

本件事故は、本件中学校での正規体育の授業中に、学校側並びに担当教師が次の注意義務を怠った過失によって生じたのであるから、被告は国家賠償法一条一項、民法七一五条一項に基づき、邦夫の死亡による原告らの損害を賠償する義務がある。

1 安全配慮義務違反

水泳授業においては、教師は生徒の体力や疲労状態を把握し、一度全力で泳がせた後は疲労を充分回復させた後でなければ泳がせてはならない。

水島教諭は、男子生徒につき二五メートルを二回自由に泳がせた後(邦夫は二回以上泳いだ可能性もある。)、タイム測定をしており、タイム測定では生徒は全力で泳ぐのだから、その後疲労回復のための充分な時間を与えるべきである。しかるに、同教諭はこれを与えないで、再度のタイム測定を実施した。

このため邦夫は、一回目のタイム測定時の疲労が充分回復しないまま泳いで、溺死するに至ったものである。

2 監視義務違反

水泳場には監視台が必要で、水泳の授業の際には必ず全体の監視者を置かなければならない(文部省体育局監修・日本学校健康会編「学校における水泳事故防止必携」、「競泳用プール施設基準について」昭和四四年一〇月二○日環衛九一四七・厚生省環境衛生局長通知)のに本件プールに監視台はなく、全体監視者もいなかった。

男子生徒の監視者は水島教諭のみで、同教諭は、タイム測定のため泳ぎ出した者がゴールに着かない前に次の者を飛び込ませており、測定を受けない生徒は他のコースで自由に泳がせていた。

このような状態のため邦夫に対する監視が充分になされず、同人の溺水状態に気付かず、溺死に至らせたものである。

3 救助態勢整備義務違反

水泳の授業では常に事故が予想されるから、学校責任者及び教師は事故に備えて迅速に救助できる態勢を整え、指導係、監視係、保健係等の係をもった組織と救急対策組織を設置しておく義務がある(前記「必携」)。

しかるに、本件中学校の責任者、教師は、連絡体系の相談、検討をまったくしておらず、当時、邦夫に対する救助担当者は、指導に当たっていた水島教諭のみで、黒田教諭は女子生徒のタイム測定をしていた。

そのため邦夫が溺れた際に上から引き上げる者も、事故を職員室に連絡する者もいなかった。また、水泳の授業中、教師は水着着用の義務があったのに、水島教諭はトレパン、トレシャツ姿で指導に当たっていて、直ちに水に入り泳ぐことができなかった。

このように事故が生じた際の救助態勢が不備であったため、邦夫の溺水の発見、救助が迅速性を欠いて同人を死亡するに至らせた。

4 救助義務違反

水島教諭は座りながらタイム測定をしていたため、邦夫の溺水に気付いてから飛び込むのが遅れ、前記のように水着姿ではなかったため水中で十分な動きができなかった。また上から邦夫を引き上げる者がいなかったため引き上げるのが遅れ、その結果、邦夫は多量の水を肺に吸引してしまった。

溺れた者の蘇生法は、気道確保、人工呼吸、心臓マッサージの順でするべきで、溺者に意識のない場合は直ちに気道確保を行わなければならない(日本水泳連盟編「新訂水泳指導教本」、日本赤十字社編「赤十字救急法教本」)のに、水島教諭は、邦夫の状態を心臓麻痺と即断し、水を吸引したとはまったく考えず、溺者を前に気道確保、人工呼吸をすることなく、心臓マッサージしかしなかった。

さらに、連絡態勢の不備から事故が発生してから一一九番に電話連絡がなされるまでかなりの時間が経過した。

右のような義務違反のため邦夫を回復させることができず死に至らせた。

四 原告らの損害

邦夫は、両親想い、兄弟想い、老人想いで、誰からも愛されていた。

邦夫はまた、健康で病気もほとんどしたことがなく活発で、何事にも積極的な少年であった。成績も良く、両親は、人間性にあふれた豊かな人格を成長させていくことであろうと、邦夫の今後に期待するところが大きかった。

その邦夫が学校授業中の事故で死亡した。邦夫の存在で明るかった山本家は、一瞬にして悲嘆の底に追いやられてしまった。

肉親である原告ら両親の苦痛は金銭で換算できるものではないが、現代の不法行為法の一般論に従う以上、損害の算定をする必要がある。以下、損害額を具体的に算定する。

なお、被告側は本件事故の具体的内容とその原因について原告らに説明をすることを避け(事故直後のきわめて簡単な状況説明があったのみである。)、原告代理人の再三にわたる状況確認の申出にも一切応じようとしなかった。事故状況の説明とその原因についての検討は、まず死亡した生徒の両親になされなければならないのに被告はこれを怠っている。また、被告は明白な事実である死因(溺死)を否定しようとし、死因は心不全であると主張している。しかし、もちろん心不全というのは溺水がその原因であり、溺死であることは同じなのに、溺死ではないなどと強弁しており、責任のがれをしようとしている。このことは損害算定にあたり、慰謝料額の加算要素となる。

1 治療費

三万六六八○円

2 邦夫の逸失利益

昭和六一年賃金センサス男子学歴、全年齢計の金額(四三四万七六〇〇円)に一年分のベースアップ分(年五分)を上乗せしたものから生活費五割を控除した上、一三歳のライプニッツ係数(一四・二三六)により中間利息を控除して算定した逸失利益は三二四九万三五二七円である。

算定4,347,600×1.05×0.5×14,236=32,493,527

3 慰謝料

邦夫は、学校の正規の体育授業中に、親の信頼に基づき、生徒の安全を守るため、高度の注意義務を有する学校責任者および教師の過失で死亡したものであり、被告の過失の重大性、死の結果という侵害の重大性、邦夫の死が両親に与えた打撃の大きさ、若くして生命を失った邦夫の痛ましさ、前記の被告の対応の悪さなども総合すれば慰謝料額は左記の金額が相当である。

(一) 邦夫本人の慰謝料金二〇〇〇万円

(二) 原告らの慰謝料各金五〇〇万円

4 原告らの相続

原告らは、邦夫の右1、2と3(一)の各損害賠償請求権を相続し、それぞれその二分の一の各金二六二六万五一〇三円を取得した。

5 葬儀費用

原告らは、邦夫の葬儀費用として合計一三七万六〇〇〇円を要し、二分の一ずつ六八万八〇〇〇円を負担した。

6 損害の填補

原告らは学校保健センターから死亡見舞金として金一四〇〇万円および治療給付金として四万八九〇〇円、神戸安全互助会から金八〇〇万円をそれぞれ受領しているので、各金一一〇二万四四五〇円ずつの損害の填補を受けている。

7 弁護士費用

以上の原告ら各自の損害賠償請求権は、二〇九二万八六五三円(26,265,103+688,000+5,000,000-11,024,450=20,928,653)であるが、原告らは本件訴訟を原告代理人に委任し、本件事案の特殊性を考慮すれば、その一割である各金二〇九万二八六五円が弁護士費用として相当である。

よって、原告らは、被告に対して、邦夫の死亡による損害として各二三〇二万一五一八円及びこれに対する本件事故の日である昭和六二年九月一一日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告)

〔請求原因に対する認否〕

一項は認める。

二項中、事故の発生については後記のとおりで、被告のこの主張に反する原告らの主張はすべて争う。

三、四項は、争う。邦夫の死亡は異常病変によるもので、原告らが主張するような本件中学校の責任者や同校の教諭の過失によるものではない。すなわち、邦夫が疲労を回復しないまま泳いだ事実はないし、当時全体監視者はいなかったが、その不存在と邦夫の溺死との間に因果関係はなく、この点は原告の主張する「救助態勢整備義務違反」、「救助義務違反」についても同様で、原告らの主張する注意義務の存否を論じるまでもなく、その注意義務を怠ったことと邦夫の死との間に因果関係はない。

〔被告の主張〕

一 本件中学校における当日の状況

1 午前八時四〇分頃、二年四組担当小島千鶴教諭が、出席点検、朝の会(午前八時三〇分開始)で行われた国語の小テストの答え合わせ、当日の一般的事項の連絡、及び健康観察をしたが異常なく全員元気で、邦夫についても特に家庭連絡及び本人から体の不調を訴える報告はなかった。

2 その後男子生徒は、各々の教室(女子生徒については体育館)で更衣し、一校時授業(体育)は二年三組と四組(男子四三名・女子三五名(うち見学者三名)、計七八名)の男女合併で、男子は水島教諭(四五才)、女子は黒田教諭(四〇才)が担当した。男子については、午前八時五五分頃、プールサイドに集合整列し、水島教諭により、出席点検と健康観察が行われたが、体の不調者もなく全員元気で準備体操(徒手体操)がプールサイドで約一〇分間行われた。なお、水島教諭は、水着の上にTシャツ、トレパンを着用していた。

3 この日は本曇りであったが、連日の残暑続きで、入水前の水温は二六℃、気温は二九℃で殆ど風はなく、水泳に適当であった。

4 準備体操後、足洗・洗体・シャワーを順次行ったのち、午前九時五分頃、体を馴らすため二五メートルを二回自由に泳がせた。

5 九時一三分頃より、泳法は自由で二五メートルを泳がせ、タイムを測定した。邦夫はクロールで泳ぎ(一七秒台でゴール)、あと休憩にはいった。

6 九時二五分頃から希望者(約三〇名)のみ二回目を泳がせ、邦夫は、最後から二番目又は三番目でスタートした。しかし二五メートルのゴール地点でもがき出し、沈み始めたので、ゴール地点で立って計時をしていた水島教諭が直ちに飛び込んで助け上げ、プールサイドに寝かせ、脈と呼吸を確かめたが、呼吸はあっても脈が弱く、確認できないくらいであったので、直ちに心臓マッサージを始めた。この間、生徒に命じ職員室へ連絡に走らせた。

7 緊急事態を聞いた斎養護教諭、体育担当の越後教諭他数名が直ちに現場に急行すると共に教頭が一一九番に連絡、救急車の依頼をした。これは午前九時三三分頃である。

現場に着いた斎養護教諭が調べたところ、邦夫は口を開けて呼吸をし鼻から息を出していた。しかし意識がなかったので、気道を確保した。その後呼吸が停止したので、斎養護教諭がマウスツーマウスによる人工呼吸を行い、しばらく続けた後、越後教諭と交替した。

この間、水島教諭による心臓マッサージが継続して行われた。

斎養護教諭は、邦夫の手首をとり、脈の確認をするとともに越後教諭による人工呼吸が適切になされているのをチェックしていた。

8 救急車が九時三七分到着、二人の隊員が心臓マッサージをしたあと救急車で出発(九時四五分)。斎養護教諭と藤田生活指導担当教諭が添乗し、中央市民病院へと向かったが、容体の急変のため行先を国立神戸病院に変更、同病院に九時四八分到着した。

9 邦夫は、同病院で一二時四五分死亡した。

二 邦夫の死因

邦夫の死亡後、同人の解剖が行われた。

直接死因は「溺死」とされたが、その原因は「急性心不全による」と判断されている。

第三  証拠<省略>

理由

一  原告らと邦夫との関係、邦夫が本件中学校二年四組に在籍していたこと、同人が本件水泳事故により死亡したことは、当事者間に争いがない。

二  右争いのない事実に、<証拠>によれば、

事故は、水島教諭が男子生徒(四三名位)、黒田教諭が女子生徒(三五名位)を指導して、校舎の西側にある二五メートル屋外プール(六コース、横一二・八メートル、深さは中央の深い所で一・二五メートル、両端の浅い所で一・一五メートル)で行われた二年三、四組合併の一校時(八時五〇分開始)水泳体育授業中に生じたもので、授業開始時、曇り(事故発生頃には小雨)、気温二九度、水温二六度、水泳授業として適温で、男子生徒に不調を訴える者はなかったこと、

この年最後の水泳の授業であったことから、準備体操の後、タイム測定が行われ、男子生徒については、水島教諭は、四ないし六コースで二五メートルを二回由由に泳がせてから、五、六コースを使用して出席簿順に二人を同時にスタートさせる方法で測定を行い、参加者全員の測定が終了した後、再度の測定を希望する者に、六コースのみを使用して二回目のタイム測定を行い、希望しない者は四、五コースで自由に泳がせることにしたこと、

邦夫を含め約三〇名の生徒が再度のタイム測定を希望したので、水島教諭は、六コースの南端のゴール地点の東側に位置し、六コース北端スタート地点の体育委員の生徒の合図で飛び込ませ、一人がプールの中程まで来たときに、次の者を飛び込ませ、順次、タイムを測定していたこと、邦夫は、クロールでゴール付近まで正常に泳いで来たが、ゴール付近で突然、けいれんしたような状態になって、プール南側の壁にもたれるようにして水没したこと、同教諭は直ちに飛び込んで邦夫の身体を下から支えてプールサイドに引き上げ、その場に仰向けに横たえたが、邦夫に意識がなかったこと、同教諭はまず、呼吸の有無を確認すべく、耳を邦夫の顔に近付けたところ「うんうん」というようなうめき声を発していたので、呼吸はあると判断し、次いで、脈の有無を確認すべく、耳を邦夫の心臓に当てたところ、鼓動を確認できなかったので、心臓マッサージを施したこと、

邦夫を引き上げた頃には、スタート地点にいた体育委員の生徒がその場に駆けつけて来たので、同教諭は救助の連絡をするよう合図したこと、黒田教諭は、まだ、一、二コースで女子生徒の一回目のタイム測定中であったが、異変に気付き、駆け寄って邦夫にタオルを掛けたこと、この間、水島教諭は心臓マッサージを続けていたが、その頃には職員室から、生徒の連絡を受けた斎恵美養護教諭、越後悟教諭らが駆けつけて来ていて、斎教諭が邦夫に意識がないことを確認した後、気道確保のため、邦夫の頭を持ち上げて顎を突き上げ喉を水平にし、次いで、呼吸の有無を確認すべく、頬を邦夫の鼻に当てたところ、鼻から吹き出す息を感じたが、脈ははっきりとは確認できなかったこと、同教諭は、黒田教諭が邦夫にタオルを掛けた際に邦夫の顔を見たところ、唇の色が紫色になってきたのでもう一度呼吸を確認したところ、呼吸が感じられなかったので、マウスツーマウスの方法で人工呼吸を始めたこと(人工呼吸は途中で越後教諭に交代した。)、

この間、学校から九時三二分頃須磨消防署に連絡が入り、直ちに救急車が出発し、同三七分頃にプール横に到着し、邦夫を乗せて四五分頃出発したが、邦夫に意識はなく、途中、心臓マッサージをしながら四八分頃国立神戸病院に到着したところ、邦夫は、重篤な呼吸不全状態で、各種の蘇生術が施され、最終的には開胸心マッサージがなされたが、同日一二時四五分に死亡するに至ったこと、

本件中学校において、水泳の授業は七月初めから始められ、二年男子生徒については、授業で二五メートルを片方向二〇回、五〇〇メートルを泳ぐことも行われており、九月初めに水泳大会があったこと、タイム測定に参加していた生徒は、二五メートルを一七秒から四〇秒位で泳いでいたこと、

邦夫は、身長一六八センチメートル、体重約五三キロ、同中学校のテニス部のキャプテンで、二年生の校内水泳大会の五〇メートル自由型で優勝したことがあり、水島教諭は、一年の時から邦夫を担当してこれらの事情を知っており、同人が溺れることはまったく予期していなかったこと、

以上の事実が認められる。

<証拠>によれば、解剖の結果、邦夫は、気管に泡末及び流動液が多量にあり、肺臓が左右とも六〇〇グラム余(邦夫の年齢であれば通常四〇〇グラム程度)もあって、多量の水を吸引し溺死肺の状態であったこと、大動脈の細い者は突然死を起こし易いとの報告があるところ、解剖の所見では、邦夫の大動脈は平均より細いものの、諸臓器鬱血はなく、死因に直接つながるような器質的病変は認められなかったこと、器質的病変がなくても、誤って水を飲んで意識を失うとか、耳に冷たい水が入ってめまいに近い状態が生じるなど、解剖所見では判明しない機能的異常が生じて溺れることがあることが認められる。以上を総合すれば、邦夫の死因は溺死であると認められる。

三  邦夫の死亡が学校側の過失によるものかについて検討する。

1  安全配慮義務違反について

<証拠>によれば、邦夫が一回目のタイム測定を受けてから二回目のため泳ぎ始めるまでに余り時間的間隔がなかったことが認められるけれども、右認定事実からすると、邦夫が疲労により溺れたと認められる証拠はないうえに、前記認定の邦夫の年齢、校内水泳大会で優勝したことがあることなどからすると、邦夫が疲労を回復しないままに泳いだとは認められないので、担当教諭に安全配慮義務違反があったとの原告らの主張は理由がない。

2  監視義務違反について

中学生のプールでの水泳の授業の際にも監視台を設置し、全体監視者を置く必要があるとの原告らの主張は、<証拠>に照らし採用し難い。また、前記認定のとおり、水島教諭は目の前て溺れた邦夫を直ちに引き上げたのであるから、仮に原告らの主張するような監視台や全体監視者があったとしても、邦夫の異状の発見がより早くなったと認めることはできないから、監視台等がなかったことと邦夫の溺死との間には因果関係がないというべきである。

3  救助態勢整備義務違反について

原告らが救助態勢整備義務違反と主張している点についても同様である。すなわち、前掲各証拠によれば、水島教諭がトレシャツ、トレパン姿であったこと、本件中学校では、水泳の授業中に生ずる事故のための特別の救助態勢を整えていなかったことが認められるが、それだからといって、本件水泳授業の態勢に落度があったということはできない。そのうえ、前記認定のとおり、水島教諭は邦夫を直ちに引き上げ、学校から救急官署への連絡も時間を置かずになされたのであるから、本件中学校に救助態勢整備義務違反があったとの主張は失当である。

4  救助義務違反について

水島教諭が座ってタイム測定をしていたという事実は認められない。原告らは、同教諭が水着姿でなかったこと、上から引き上げる者がいなかったこと、事前に事故が生じた場合の連絡態勢が整えられていなかったことを非難するけれども、これらのことにより邦夫の救助が殊更に遅れたとは認められない。

邦夫がプールの水を吸引していたのに、水島教諭が専ら心臓マッサージを施した点について検討する。<証拠>によれば、溺水を吸引して意識のない者についての一般的蘇生法は、気道確保、人工呼吸、心臓マッサージであり、これらをこの順で行うものであることが認められる。一方、前掲各証拠によれば、溺れた者に意識がなくても、呼吸をしていれば人工呼吸の必要がないことが認められ、この点に注目して、プールサイドに引き上げられた直後の邦夫の容態は水島、斎両教諭の観察したところを総合検討すると、邦夫の呼吸は弱いながらも継続していることが確認されたものの、鼓動は確認できないほど衰微していたということができ、水島教諭が、これらの事情から判断して蘇生法の第一段階として心臓マッサージを選択したことは、必ずしも不相当であったということはできず、かつ、同教諭の右選択が突発事故における咄嗟の判断であることをも考慮すると、同教諭の蘇生法の実施につき過失があったということはできない。

そうすると、後から考えて、水泳授業の態勢として必ずしも万全でなかった点はあるにしても、それらを本件中学校ないし担当教諭の過失と評価することは困難であるうえ、これらと邦夫の死亡との間に因果関係を認めることもできない。

四  よって、原告らの本訴請求は、その余の点を判断するまでもなくいずれも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 林泰民 裁判官 岡部崇明 裁判官 井上薫)

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